広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.74

蔦屋書店・西林のオススメ 『あのねあのね』えがしらみちこ / あかね書房

 

 

免許は持っているが、車には乗っていない。いわゆるペーパードライバーである。

自分は自動車社会には適応できない人間だと早々に諦め、乗るのをやめた。最近の続発する、自動車事故のニュースを見る限り、良い決断だったと今では思う。

 

子どもが小さいころには、「車無しで子育てなんて」と呆れられたし、何か珍しいものを見るように見られたこともあるが、電車もバスもタクシーもあるしと、特に気にならなかった。そんな私の主な移動手段は、自転車である。

 

一冊の絵本を手に取り、自転車の前に娘、後ろに息子を乗せ、3人乗りをしていた頃の頃を思い出していた。

 

えがしらみちこさん作、絵の絵本『あのね あのね』である。優しいタッチの表紙を見て、仕事終わりのお母さんが、自転車で子どもを迎えにいったのだなとわかる。

物語は、会話形式で進んでいく。

お母さんがお迎えに行った日。お母さんとの背中越しの会話。つたないおしゃべりで、今日あった出来事を伝える子どもに、それをしっかりと受け止めて返すお母さん。たわいない言葉のキャッチボールに思わず頬が緩む。

 

お父さんがお迎えに行く時もある。

本当は話すのにちょっと勇気がいることだって、お父さんの広くて温かい背中を感じると何故だか話せてしまう。

 

丁寧に描かれた、季節の移ろいや、家へと続く風景も美しい。

 

「あのね あのね、きょうね…」

春夏秋冬、季節は巡り、子どもは少しずつ成長する。伝える事も少しずつ上手になっていく。近い将来、自分で自転車をこぐ日もやってくるだろう。

その狭間の親子のかけがえのない時間を、やさしく切り取ったこの絵本、子育て中のお母さん、お父さん、それを見守る、おじいちゃん、おばあちゃんに是非手にとっていただけたらと切に願う。

 

私はちゃんと子どもの話を聞けていただろうか。

朝、出勤前に幼稚園に送っていく時は、鬼気迫る勢いのため、子どもも話す機会を失っていたかもしれないなと今になって反省する。

勢いよく、ペダルを踏み込み、車体がぐらつかないように、ハンドルにぐっと力を込める。あの3人乗りの日々が今となっては懐かしい。慌しい毎日だったが、今となってはもう戻ってこない宝物のような時間だった。

 

子どもたちが成長し、一緒に自転車に乗らなくなっても、私はまだ荷台にチャイルドシートをつけて使用していた。

名残惜しかったのもあるが、何より車に乗らない私が、荷物を乗せるのに便利なので、なかなか取り外せなかったことも理由の一つだ。

 

今の職場に変わる時に、思い切って処分した。

今度の自転車は、家族のためでなく、自分のための自転車だ。

風を受けながら走る時、いつも思う。

また自分の時間を楽しめるときがやってきたと。

これはこれで、悪くない。

 

 

 

 

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