広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.177

蔦屋書店・江藤のオススメ 『まとまらない言葉を生きる』荒井裕樹/柏書房
 
 
今から書くことは、完全にこの本の受け売りですが、どうしてもまずあなたに呼びかけたいのです。
 
もしあなたが今、困難な状況にあって、生きているのが辛いと感じていたり、心を病んでいると感じていたりするのであれば、少しだけ私の話を聞いてみてください。
そのようなあなたの現状は、治さなければならない、治療するべきものだと思っているとしたら、もしかしたらそれは間違いかもしれません。
なぜなら、あなたを取り巻くこの環境がおかしいのであって、あなた自身はなにもおかしくないという可能性が大きいからです。
心の病を無理に治す必要があるのか、あなたはあなたのままでいいのではないか。
そんなふうにも考えてみることもできるはずです。
しかし、辛いあなたをそのままにしておくわけにはいきません。
でも、この本がある。だから大丈夫。
 
ここ最近読んだ本の中でも抜群のベスト級な本があらわれましたので、自信を持ってみなさまに紹介したいと思っています。
 
私は、こんなに誠実に悔しがり、抗い、探し、そして省みる本を読んだことがありません。
とにかくこの本は信頼できる本です。
 
何が書いてあるのかをお話する前に、この本の著者を紹介してみたいと思います。
著者の荒井裕樹さんは大学の文学部准教授です。
そして専門は障害者文化論と日本近現代文学です。
 
私を引き合いに出して語るのは本当に失礼なことですが、私は本がとても好きで、本のためになればと思って書店で働いています。ですから文章、あるいは言葉、というものに対しては結構なこだわりがあります。
自分の仕事は言葉を扱う商売(本を売る)でもあるので、言葉の使い方や文章についてはいろいろ気になってしまいます。
こんな私でさえそうなのに、大学の文学者はそんなもんじゃないのだろうなと想像が出来ます。言葉や文章について考える時、私とは違う景色を見ているのではないかと思います。
 
そんな著者が「言葉が壊されてきた」という話を始めます。
「言葉が壊される」ことについて悔しがり、そして抗っていこうとする本です。
 
「言葉が壊される」それはもうおそらく誰もが感じていることではないかと思います。
権力者の言葉、政治家の言葉、SNS上の言葉、言葉の力というものが、悪い面にばかり働いている、言ってみればダークサイドに落ち込んだ言葉だらけのような気がしますよね、最近は。そんなふうに私たちがぼんやりと感じている思い。掴みきれない思い。をきちんと文字通り言葉にして、そしてもみほぐしてわかりやすくして、さらにそこから数々の素晴らしい力を持った言葉を紹介してくれる。そんな本です。
 
この本には17のお話が並んでいます。それぞれどこから読んでもいいし、どこで読み終えてもいいと荒井さんは言います。まずは目次を眺めてみて、気になる言葉を見つけたらそこから読み始めるのもいいかもしれません。とても読みやすい本です。
 
著者の荒井さんが悔しがる、壊れた言葉についてまずは書いてあって、それがどういうことなのかをとてもわかり易くお話してくださいます。そしてその後に、とても力を持った素晴らしい言葉が紹介されるのです。
その言葉は、ハンセン病療養所で生活されていた方のものだったり、障害者活動家の方のものだったり、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者さんの支援活動をされている方のものだったりするのですが、彼ら彼女らの言葉にはしっかりとした質量があるのです。ちゃんと手応えがあって重い。そして素直に受け取ることができる。
壊れた言葉を適当に発する政治家や権力者とは大違いです。
言葉に対する誠実さと切実さが全く違うのです。
どれも、しっかりと噛み締めて何度も繰り返し読み、自分の体に染み込ませたくなるような言葉ばかりです。
 
17話のどれをとっても、心に残る大切なお話ばかりなのですが、私の心に特に響いたお話が、冒頭の呼びかけに繋がります。
 
辛いあなたをそのままにしておくわけにはいきません。
あなたを治すのではなく「癒やし」「励ます」言葉がこの本の中にはたくさんあります。
これらの言葉の中からそれを見つけるのはあなたなのです。
大丈夫、きっとあなたなら見つけられます。
 
なぜかって?
だって、どうしようもない私にだって、見つけることが出来たからです。
 
だからあなたなら絶対に大丈夫!
 
 
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