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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.180

蔦屋書店・犬丸のオススメ 『戦争の歌がきこえる』米国認定音楽療法士 佐藤由美子/柏書房
 
 
音楽療法士。
そんな仕事があるのか。
 
音楽療法(Music Therapy)とは、クライエントの身体的、感情的、認知的、精神的、社会的なニーズに対応するために、音楽を意図的に使用する療法である。ニーズによって目的は異なるが、終末期の患者さんやご家族の場合は、音楽を通じての精神的サポート(不安、怒り、うつ状態の軽減など)、社会的サポート(孤立や孤独の軽減など)、身体的サポート(痛みや息切れなどの症状の緩和)などが中心となる。いずれにしてもパーソン・センタード、つまりクライエント中心のアプローチであり、臨床かつエビデンスにもとづいた音楽の使用法である。ちなみに、音楽療養中の時間のことを「セッション」と呼ぶ。(本書16Pより)
 
著者の佐藤さんは、アメリカのホスピスで2000年代前半から音楽療法士をしていた。末期の病気でケアを受けている、さまざまな患者さんの病室を訪ねる。挨拶をし、音楽が聴きたいか尋ねる。患者さんが聴きたいと答えると持参の楽器で音楽を奏で自ら歌う。ハープで、時にはギターで、またはキーボードで。会話をし、必要ならば歌う。患者さんの気持ちに合わせ進められる柔らかな心のケアだ。患者さんの中には戦争経験がある人も少なくなかった。本書は主に、佐藤さんがホスピスでセッション中に患者さんから語られた戦争経験の断片を軸としてまとめられている。
 
佐藤さんが仕事を始めたばかりのころ、末期の肝臓がんのロンと出会う。
彼は、セッション中の会話のなかで佐藤さんが日本人だと知る。そして絞り出すような声で語る。
I killed Japanese soldiers. (僕は日本兵を殺した)
ロンは激しく震えながら泣き出す。
「本当に申し訳ない……」
涙はあふれ感情が抑えられない。しばらくして、泣き止んだロンに佐藤さんは言う。
「最後に何か弾きましょうか?」
そして、ロンが落ち着くまで弾き続ける。
ロンは退役軍人であったが、奥さんも「サイパンで戦った」ということぐらいしか知らなかった。佐藤さんはロンの戦争経験とその経験の意味をもっと知りたいと思ったが、そのチャンスは訪れないままロンは亡くなってしまう。
当時、ロンとの出会いは衝撃的なものだったと佐藤さんは言う。アメリカで第二次世界大戦は、自由の権利を懸けた戦いで「just war(正しい戦争)」とか「good war(良い戦争)」と呼ばれていた。それゆえ戦後に帰還した兵士は「hero(英雄)」として迎え入れられ、すぐに社会復帰し新しい人生を築いていった。と、アメリカ社会の中では繰り返し語られてきたのだが、ロンの場合はそうではなかった。戦後のアルコール依存症、家族との関係、罪悪感。佐藤さんは、彼との出会いから退役軍人をめぐる「神話(myth)」に疑問を持ち始める。そして知る。結局のところ戦争で戦った兵士たちにとって「よい戦争」などなかったことに。
その後も、戦後、苦しみを抱えながら生きてきた多くの患者さんに出会い、セッションの中で語られる言葉に心を寄せていく。
 
また、末期がんの奥さんに付き添っていたユージーンは、フィリピンのジャングルの中で日本兵と戦い、そのうえ戦後すぐに広島へ占領政策の一環で送られた経験を持っていた。
ジャングルの接近戦での日本兵に対する恐怖と親友を失った苦しみ、広島での人も電球もすべてが焼けただれた悲惨な光景とそこで生きている子供たちの姿、そして日本の田舎の牧歌的な田園風景を美しく思う気持ち。経験と記憶が重なり、ユージーンは言う。
「日本の人々や文化がとても印象に残った。日本人も僕らも、そんなに変わりはないと知った」
「日本兵は命令されたことをやった。それは僕らだって同じだ。それだけのことなんだ」
 
他にも、原爆開発にかかわったサム、ドイツ系アメリカ人としてドイツと戦ったウォルター、ホロコーストの生存者であるマリー、元ドイツ兵のレイ…。それぞれが、それぞれの戦争での経験を持つ。戦後は、今のようなカウンセリングのない時代。心の中で暴れながら何度も繰り返し再現されてしまう辛い記憶を、どうにかなだめながら心の奥へ折り畳みしまいこんでいたのだろう。親しい人でさえ知らない苦しみ、いや、苦しみは戦争体験ではなくとも、親しい人だからこそ大切な人だからこそ簡単には言えない。自らの死期が見え始め、これまでの人生を振り返るとき、静かに話を聞き感情を受け止めてくれる佐藤さんのような療法士の存在は、どんなに安らかな気持ちになることだろうか。
 
佐藤さんの歌声がとても気になる。死ぬ前に聴きたい曲は、やはり彼女が選曲するようなシンプルな旋律の緩やかな音楽なのだろう。
 
戦争がそれぞれの国の政治の面から語られるとき、もっともらしい理由とともに時として正当化される。あれは、正しかった。戦わなければならないことだった。だが、権力を持たない人から語られるそれぞれの戦争経験を聞き考える場合はどうだろうか。そこには、ただ理不尽な命令と、非人道的な暴力があるだけだ。誰もがその経験に傷ついている。教科書で習うような歴史はいわば政治史だ。それよりもこのような記憶の歴史が一冊の本として残されたことの意味を理解し、わたしたちは読みつないでいかなければならないのだ。
 

佐藤由美子 米国認定音楽療法士
ホスピス緩和ケアの音楽療法を専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院音楽家を卒業後、オハイオ州のホスピスで10年間音楽療法を実践。2013年に帰国し、国内の緩和ケア病棟や在宅医療の現場で音楽療法を実践。その様子は、テレビ朝日「テレメンタリー」や朝日新聞「ひと欄」で報道される。2017年にふたたび渡米し、現地で執筆活動などを行なう。著書に『ラスト・ソング―人生の最期に聴く音楽』、『死に逝く人は何を想うのか―遺される家族にできること』(ともにポプラ社)がある。(本書より)
 
 
 
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