広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.81
蔦屋書店・神崎のオススメ『世界と僕のあいだに』タナハシ・コーツ著・池田年穂訳/慶應義塾大学出版会
境界線をテーマにしたフェアが、今年4月から5月にかけて広島蔦屋書店で展開された。私はホームページのフェア紹介に「境界線は人間がつくりだした妄想と自己保身の蜃気楼だ」と書いた。しかしアメリカにおいて黒人と白人を隔てているものは、蜃気楼と呼ぶにはあまりにも残酷で無慈悲だ。
本書『世界と僕のあいだに』は、アフリカ系アメリカ人のジャーナリスト、タナハシ・コーツが「アメリカで黒人であるとはどういうことなのか」を息子への手紙の形で綴ったノンフィクションだ。
アメリカの黒人と白人の対立の歴史は長い。奴隷として連れてこられた黒人たちは、1863年の奴隷解放宣言によって自由と人格を手に入れたはずだった。が、差別は終わらなかった。アメリカで生まれアメリカで育ち、アメリカ人であるはずのコーツたちの時代も、彼の息子たちの時代も、何も変わらない。
白人は優位性と優越感を保つために暴力で黒人の肉体を支配しようとする。黒人は自分の肉体の安全を守るために身構え、武装する。
繰り返される白人警官による無防備な黒人への暴行、射殺。しかも警官は何の罪にも問われない。黒人の肉体の支配や略奪・破壊は伝統的に、「世襲財産」のように、日々行われている。こんな危険で横暴で不公平な世界を生きてきたコーツは息子にこう語りかける。
これがお前の国なんだよ。これがお前の世界なんだよ。これがお前の肉体なんだよ。だからお前は、その状況の中で生きていく方法を見つけなければならない。
コーツにとって白人とは、自分を白人であると信じ、白人であるという幻想にしがみつく人々である。彼はそれを「ドリーマー」と呼ぶ。
当たり前のように黒人の肉体を支配する彼らに対し、コーツは息子に暴力ではなく知恵で「闘争することを求める」と綴った。その闘争は自分自身のため、祖先の記憶のためであると。そして「ドリーマー」のためには「願ってやれ」「祈ってやれ」と語りかける。
黒人と白人の対立がいつ終わるのか、終わる日が来るのかどうかさえ誰にもわからない。けれどコーツの「願ってやれ」「祈ってやれ」という言葉は、息子へ託す未来への希望のように感じる。
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