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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.183

蔦屋書店・丑番のオススメ 『未来人サイジョー①~③巻』いましろたかし/エンターブレイン
 
 
最近読んだ清田隆之さんの『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)に下記のような一節があった。(本論とはまったく関係のない部分だが)
 
「大学生になってからは友人の薦めもあり、つげ義春、水木しげる、杉浦日向子、根本敬、蛭子能収、漫☆画太郎、いましろたかし、長尾謙一郎などの漫画を夢中で読んだ。」
 
そう、読むべきマンガ家リストの中に、いましろたかしは入っていた。
2000年前後に、いましろたかしのブームがあった。1991年に連載されるも打切りとなり、単行本化もされていなかった怪作怪獣SF『デメキング』が1999年に単行本化された。釣りを題材とした私小説マンガの傑作『釣れんボーイ』(エンターブレイン)、そして、ながらく絶版であった初期作品を収録した『初期のいましろたかし』(小学館)が、2002年に同時に出版された。
 
ヴィレッジヴァンガードでは、いましろたかしが平積みされ、猛プッシュされていた。(余談だが、2000年前後のヴィレッジヴァンガードは素晴らしい「本屋」だった。雑貨屋ではなく、サブカルチャーの本のセレクトショップだった。)
 
『初期のいましろたかし』に推薦コメントをよせたメンバーがすごい。新井英樹、糸井重里、浦沢直樹、江口寿史、唐沢なをき、狩撫麻礼、呉智英、西原理恵子、スチャダラパー、土田世紀、松尾スズキ、松本大洋。いましろたかしは、ヒップなマンガ家だったのだ。
 
 
『初期のいましろたかし』には、バブル経済華やかなころに連載された作品が収録されている。しかし、そこに描かれているのは自意識を持て余し鬱屈する貧乏な青年たち。連載時には、ギャクマンガとして需要されたらしいが、バブルが崩壊し、先行きの見えない2002年当時、他人事とは思えないある種の切実さを感じながら読んだ。その切実さは2021年のいま、より強く感じられる。
 
2011年の東日本大震災以降、いましろたかしは身辺エッセイ的な作品が中心となってくる。どれも悪くはないのだが、いましろたかしのストーリーマンガが、読みたいという思いはあった。それに応えてくれたのが、今回紹介する『未来人サイジョー』だ。2018年から連載が始まっていたが、単行本が出ないまま2021年初頭に完結してしまった。どうなるのか、と思っていたら、単行本が4月に同時に3巻発売された。よかった。
 
ストーリーは、マンガ家のアシスタント一筋30年の50歳のおっさんサイジョーが1970年の大阪にタイムスリップし、マンガ家を目指す若者とタッグを組み、メイクマネーを目指すというもの。タイムスリップSFであり、まんが道である。枯れた未来人のおっさんと、ぼんやりとマンガ家を目指している若者の組み合わせ。おっさんは、1970年にはまだ発表されていないヒットマンガの原作をパクって若者に授ける。藤子不二雄A先生の『まんが道』は手塚治虫に憧れ、表現したいという二人の若者の純粋な気持ちに感動するが、サイジョーは手軽にメイクマネーできる手段としてのまんが道というのがおもしろい。原稿料はフィフティ・フィフティで、ちゃっかりアシスタント料までもらっている。

まんが道なるか、というのはストーリーの大きな幹としてあるが、本書の最大の魅力は、日常の描写だ。銭湯にいって、フルーツ牛乳を飲んだり、健康の心配や老後について考えたり、世の中の風潮に感慨を感じたり、女性と付き合いたいと煩悶したり。これって、東日本大震災以降の描かれたエッセイマンガで、いましろたかしがやってきたことと、ほとんど同じなんだけど、『未来人サイジョー』のほうが、はるかにおもしろい!これって何で?ひとつには、1970年という時代が、いい時代だった、というのもあるんだろうけど、それを上回る面白さがある。このあたりにマンガというものの本質が隠されているような気もする。
 
本作はいましろたかしの傑作のひとつ!とにかく読んでほしい。惜しむらくは3巻しかないということ。もっと長く、この世界に浸っていたかった。
 
 
 
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