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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.335『虚の伽藍』月村了衛/新潮社

蔦屋書店・江藤のオススメ『虚の伽藍』月村了衛/新潮社
 
 
読んでいると作者のことが心配になってくる本がまれにある。
まさにこの本は、そのタイプの本だった。
大丈夫なんでしょうか
 
月村了衛という作家をご存じだろうか。
SF好きなら一番に挙げてくるのは『機龍警察シリーズ』だろうか。至近未来小説と銘打ってある通り、まさにもうすぐにでも起こりうる世界的な問題をSF設定の警察小説という形で描かれた正に傑作といえる作品群である。本屋大賞で5位になった作品としては『土漠の花』が有名だ。
ソマリアの国境付近で救助に当たっていた自衛隊の野営地にある女性が駆け込んでくる。そこから民族間の紛争に巻き込まれた自衛隊は戦うことができるのか、人を殺すことが許されるのか、極限状態での自衛官たちの取った行動とは。という非常にリアリティのある設定で問題提議を含みつつも極上のエンタメ小説に仕上げている。
 
また、近作では、医学部の女子受験生の点数を一律減点していたという大きな問題にも切り込んだ小説も発表している。わたしが常に新作を追いかける、大注目の作家のひとりである。
 
さて、今回の『虚の伽藍』であるが、これはさらにヤバい作品となっている。
何しろ登場するのは、坊主、京都闇社会のフィクサー、ヤクザ、韓国マフィア、北朝鮮、政治団体、などである。これはヤバい匂いが立ち込める作品であると容易に想像がつくだろう。
 
主人公は、伝統仏教最大宗派の一つに数えられる「金応山燈念寺派」の凌玄という若い僧侶である。彼は小さなお寺の息子で、経律大学文学部宗教学科へと進み、燈念寺派の宗務を司る総局部門で働いている。非常に信心深い正しい御仏の教えを大切にしているまじめな青年だった。
そう。
だったのだ。
 
彼を見初めた京都裏社会のフィクサーは、凌玄を成り上がらせて燈念寺派に食い込もうと動き始める。
時はバブル期の京都、地上げ屋たちが暗躍し、空前の土地ブームの中。凌玄は金応山燈念寺派<お山>もその中で不正を働いて金儲けの道に踏み込もうとしていたことに気づいてしまう。彼は<お山>を正しい道に戻すためその不正に立ち向かおうとする。そこで力を借りたフィクサーからの紹介で、ヤクザを利用することにもなる。しかし、彼は正しい御仏の道を貫くため、正義のために行っているのだとかたくなに信じている。自分のやっていることは正しいのだと。自分が成り上がっていくことこそが<お山>を正道に戻すために必要なことなのだと。そして彼は<お山>での欲望にまみれた政力争いにも打ち勝ち、<お山>に莫大な利益をもたらす仕事にも手を染め、成り上がっていく。
 
そうして力をつけていく凌玄は、その後<お山>の絶対的権力者である「総貫首」を選ぶための選挙に名乗りを上げることになる。「総貫首」を選ぶための選挙は、公職選挙法などはまったく力の及ばない<お山>独自のものである。そうなると、現金が飛び交い策略が交差する、見るもおぞましい戦いになるのである。彼の戦いの果てにあるのは、正道なのか畜生道なのか。
彼が最後に見る景色とは。
 
まあ、読んでいるととにかく面白いが恐ろしい。
まさに、死体がごろごろと転がる<お山>である。
最初の話に戻るが、ここまで書いてしまった月村さんは「何か」に狙われるのではないかと本当に心配になってしまう。裏社会というのはこんなにも深く底が無いもので、そしてそこにうごめく者たちには、どんな公権力であっても触れることができないという事実に戦慄を覚えてしまう。
 
京都の裏の奥の奥で繰り広げられる地獄絵図をさあご覧あれ。

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