広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.84

蔦屋書店・神崎のオススメ『23分間の奇跡』ジェームズ・クラベル著・青島幸男訳/集英社文庫

 

 

これは、こわい本です。

 

午前9時、教壇で先生が不安そうに子どもたちを見回し、震えている。ドアがあいた。「みなさん、おはよう。わたしが、きょうからみんなの先生ですよ」。入ってきたのは、わかくてきれいな女の先生だった。もとの先生は「みなさん、さようなら」と言って、泣きながら出て行った。

 

ひとつの戦争が終わり、勝った国は負けた国を支配し統治するためにすべてを変えていく。生活や教育、意識までも。

 

新しい先生は、すでに子どもたち全員の名前と顔を覚えていた。名前で呼びかけ、不安そうな子どもに寄り添って歌い、「こわいことなんてない」と話しかける。みんなはどんどん新しい先生に惹かれていった。

毎朝、手を胸に当てて国旗に忠誠を誓っているという子どもたちに新しい先生が尋ねる。「ちかう…ってなんのこと?」「ちゅうせい…ってなんのこと?」「自分の国を好きになるのに、こっきがなければだめかしら」「おいのりなんて、やくにたたない」。

 

これまでは、大人に言われたことをきちんと行なっていたいい子たちだった。新しい先生は「おとなたちは、ほんとうに、みんな正しいのかしら」と語りかける。それは子どもたちにとって別の世界の扉が開かれたような、まったく違う感覚だった。

 

子どもたち全員が新しい先生を信頼するまで23分間。この23分間に強制や暴力はひとつもない。ただ言葉によってこれまで正しいと信じていたことを捨てさせ、新しい正しいを信じさせただけ。

 

「信」という字は「人」の「言(ことば)」と書く。ことばは簡単に人の心を動かし、変えてしまう。

私たちはもっと、ことばの持つ大きな力を、善にも悪にもなりうる大きな力を、認識し直さなければいけない。

 

最後にもう一度記しておきます。

これは、こわい本です。

 

 

 

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