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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.186

蔦屋書店・丑番のオススメ 『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』松本俊彦/みすず書房
 
 
依存症は、本人の意思の弱さに基づくものではなく、病気で治療が必要なのだ、という認識は少しずつ社会に広がってきていると思う。
覚せい剤などの違法な化学物質への依存だけでなく、アルコール、カフェインといった合法的な物質への依存。ギャンブルやゲームなど行動への依存。スマホへの依存。依存症はわたしたちの身近にある。
 
松本俊彦先生はアディクション(嗜癖障害。依存症、あるいは酒や薬物に溺れた状態)治療の第一人者で、社会への啓蒙活動も並行して行われてきた。2018年に出版された『薬物依存症』(ちくま新書)において、治療に必要なことは、刑罰ではなく、痛みを抱え孤立した「人」に向き合い、つながる機会を提供する治療・支援である、ということが書かれていた。概論的な本ではあるが、松本先生が臨床の現場の中で体験した事例から書かれている。そこがこの本を魅力的で説得力のあるものにしている。自分の仕事を「笊で水をすくうようなもの」とある種、自嘲ともとれるような表現で語る。でもそれは自嘲ではなく、依存症はたくさんの笊で、網目を補いながら水をすくうことでしか、人は救えないのだ、という信念から出た言葉だ。
 
このように自分の仕事について言及できる松本先生自身のことについて知りたいとおもっていたら、半生記とでもいうべきエッセイ集が出版された。『誰がために医師はいる―クスリとヒトの現代論』だ。
  
誠実な筆致だ。松本先生がそのときは理解できなかったこと、結果として間違えていたことに多くのページが割かれている。その後の臨床経験の中で自分の誤り、間違いに気づいていく。それは依存症への認識が少しずつ改まっていく社会の写し鏡のようでもある。
 
意に沿わない人事で、依存症専門病院に赴任を命じられた医師として駆け出しの時代。
覚せい剤の依存症患者にクスリを断たせるために、覚せい剤の体への悪影響を調べる。でも調べれば調べるほど、身体への影響は見られない。そこでアルツハイマー型認知症患者の萎縮した脳画像の写真を示して、覚せい剤を使い続けてきた人の脳の画像です、と嘘をつき、患者さんを説得しようとするも全く効果がなかったというエピソード。それでも延々と薬物の健康被害について説教を続けていくも、ある日、強面の覚せい剤依存症患者から手厳しい洗礼をうけることになる。いつものように健康被害について話をしていたところ、「医者より、自分の身体を使って実習していた自分のほうがクスリには詳しい」と、凄まれてしまう。でも医者のところに来る理由はわかるか、という問いに、松本先生は「わかりません。なぜですか?」。それへの患者さんの返答がふるっている。
 
「それはな……クスリのやめ方を教えてほしいからだよ」
 
それを機に松本先生はアディクションの治療にみせられていく。
診察を拒んでいるかのような患者さんたちが診察室にいる理由について、以下のように書く。
 
どこかに「このままではダメだ」「もう少しマシな人生を送りたい」という気持ちが存在するからだ。その部分-そのわずかな心の隙間-にどうやって自分の足先を突っ込み、相手にドアを開けさせるか。
これはもはや治療ではない。営業、いや誘惑といったほうがよいかもしれない。

また、薬物を断つために、自首という手段を選び、結果的に拘置所での自死につながってしまったという悲痛なエピソード。その後の多くの臨床経験を経て、その女性患者の自死の原因が虐待による体験によるものではなかったという洞察にいたる。それを受けて、松本先生の薬物依存の認識に変化がおきる。
 
薬物依存の本質は「快感」でなく、「苦痛」である、という認識だった。こういいかえてもよい。薬物依存症患者は、薬物が引き起こす、それこそめくるめく「快感」が忘れられないがゆえに薬物を手放せない(=正の強化)のではない。その薬物が、これまでずっと自分を苛んできた「苦痛」を一時的に消してくれるがゆえ、薬物を手放せないのだ、と。
 
依存症の患者は苦しんでいる。その苦しみをどうやって取り除くのか。依存症はわたしたちの身近にある。依存症とそうでない人を分つものは何なのか。それを著者は以下のように書いている。
 
アディクションとは、「孤立の病」であり、対義語はコネクション(人とのつながりのある状態)である。
 
依存症を理解すること。それによって私たちも、目は粗いかもしれないが水をすくう笊になれるのだ。松本先生のことばに触れてほしい。
 
 
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