広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.86

蔦屋書店・江藤のオススメ『三体』劉慈欣/早川書房

 

 

この小説、ただごとではない。

 

過去から現在へ至るまで様々な作家が想像力を限界まで広げて書き続けてきたSF小説というジャンルの現時点での集大成とも呼べるような、いや、現時点での集大成をさらに一つ飛び越えた作品であると言えるのではないか。

 

今回紹介するのは、この三体シリーズの第一部にあたる一冊である。

 

そう、まだ第一部なのだ。

しかも、第二部は第一部の五割増しのボリューム、第三部に至っては第一部のほぼ倍のボリュームがあるそうなので、この壮大な物語のほんの導入部に過ぎない、しかしー

 

とてつもなく面白いのである。

 

もし、読んでおられたなら思い出して欲しい。

『地球幼年期の終わり』(1953年アーサー・C・クラーク)を初めて読んだ時の衝撃を。

人類、いや地球レベルでものごとを考えることが、いかにちっぽけで無力であるかをとことん思い知らされた。

それは『タイタンの妖女』(1959年カート・ヴォネガット・ジュニア)にも通じる、人の限界とそれを超える世界の果てしなさ。

 

その衝撃がいまアップデートされる。

 

この物語は、文化大革命時の中国から幕を開ける。

そこから時代や空間は次々と移り変わっていく。

 

驚くべきは、この本に内包される要素の多彩さだ。

 

気になるキーワードだけでも抜き出してみよう

「文化大革命」「巨大パラボラアンテナを持つ軍事施設」「ナノテクノロジー」「最先端の科学技術者団体」「三体問題」「VRゲーム」「三千万人を使った人間コンピューター」「未知とのコンタクト」「ゴーストカウントダウンの謎」「飛刃」「智子一号」

 

人類の知覚の届かないスケールの大きな謎といえば『星を継ぐもの』(1977年ジェイムズ・P・ホーガン)が思い浮かぶだろう。

また、この第一部の非常に特殊なパートで最高に面白い部分に、小説内の登場人物がVRゲームにログインする場面がある。

小説内でゲームが出てくる物語といえば『ノーライフキング』(1988年いとうせいこう)という名作があるが、当時とはかけ離れた技術的飛躍によって進化を遂げたVR世界はそのスケールにおいて過去を遥かに凌駕する。

 

さて、ここまでの紹介で、おわかりいただけただろうか。

 

この小説は、まだほんの導入部の段階で、古今東西の名作SFで扱われてきたさまざまな要素をパッチワークのようにつなぎ合わせサンプリングしていく。

最新のガジェットや複雑な科学知識を駆使して書かれているわりに、非常に読みやすくかつ、物語を読む面白さに満ち溢れているのはそのためだ。

まさに空想科学小説や、冒険小説の王道ともいえるストーリー展開である。

ゆえに、巨大な世界観の三部作ということで読み始めることに躊躇する人もいるかもしれないが、心配はいらない。

 

この小説の中での象徴的な事象として「繰り返し」がある。

それは、長大な時間と空間を使い、果てしなく何度も「繰り返す」

 

こんな言葉がある。

「この世にある表現というものは、すでに出尽くしている。したがって、これから生まれる表現など、すべて過去の焼き直しでしかない。」

 

私たちはそれらを組み合わせ並び替え繋ぎ直して編集し、再構築することでアップデートさせていく。

過去の名作たちは集められ、読まれ、また書かれ、そして書き換えられる。

 

その行為をひたすら「繰り返す」のだ

 

歴史も技術も流行も、個別の人の営みも、全ては繰り返しだ。

その繰り返しに果てはあるのか。その時人類の歴史にいったいなにが起こるのか。

 

まだ物語は始まったばかりだ。

みなさま、乗り遅れることのなきよう。

 

 

 

【Vol.85 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『月をめざした二人の科学者 アポロとスプートニクの軌跡』

【Vol.84 蔦屋書店・神崎のオススメ 『23分間の奇跡』】

【Vol.83 蔦屋書店・丑番のオススメ 『内田裕也、スクリーン上のロックンロール』】

【Vol.82 蔦屋書店・江藤のオススメ 『線は、僕を描く』】

【Vol.81 蔦屋書店・神崎のオススメ 『世界と僕のあいだに』】

【Vol.80 蔦屋書店・丑版のオススメ 『ドライブイン探訪』】

【Vol.79 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと 常識をくつがえす“病院・医者・医療"のリアルな話』

【Vol.78 蔦屋書店・江藤のオススメ 『幽霊人命救助隊』】

【Vol.77 蔦屋書店・神崎のオススメ 『憂鬱な10ヶ月』】
【Vol.76 蔦屋書店・西倉のオススメ 『なにものにもこだわらない』】

【Vol.75 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』】

【Vol.74 蔦屋書店・西林のオススメ 『あのねあのね』】

【Vol.73 蔦屋書店・丑番のオススメ 『わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム 1992-2019』】

【Vol.72 蔦屋書店・江藤のオススメ 偶然の聖地

【Vol.71 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『培養肉くん1』『培養肉くん2』】

【Vol.70 蔦屋書店・丑番のオススメ 『西島大介のひらめき☆マンガ学校 マンガを描くのではない。そこにある何かを、そっとマンガと呼んであげればいい。』、『西島大介のひらめき☆マンガ学校 マンガ家にはなれない。かけがえのない誰かだけが、君をマンガ家にする。』講談社、『マンガ家になる!ゲンロンひらめき☆マンガ教室第1期講義録』】

【Vol.69 蔦屋書店・江藤のオススメ 『人喰い ロックフェラー失踪事件』】

【Vol.68 蔦屋書店・花村のオススメ 『父は空 母は大地―インディアンからの伝言』】

【Vol.67 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『天然知能』】

【Vol.66 蔦屋書店・神崎・花村のオススメ 『カミングアウト・レターズ  子どもと親、生徒と教師の往復書簡』】

【Vol.65 蔦屋書店・丑番のオススメ 『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』】

【Vol.64 蔦屋書店・江藤のオススメ 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』】

【Vol.63 蔦屋書店・神崎のオススメ 『拝啓、本が売れません』】

【Vol.62 蔦屋書店・花村のオススメ 『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち』】

【Vol.61 蔦屋書店・江藤のオススメ 『おやすみの歌が消えて』】

【Vol.60 蔦屋書店・西林のオススメ 『坂の途中の家』】

【Vol.59 蔦屋書店・花村のオススメ 『あふれでたのはやさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』】 

【Vol.58 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『四次元が見えるようになる本』】

【Vol.57 蔦屋書店・丑番のオススメ 『少年の名はジルベール』】

 
 

SHARE

一覧に戻る

STORE LIST

ストアリスト