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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.382『ともだちは海のにおい』工藤直子(著) 長新太(絵) 理論社

蔦屋書店・佐藤のオススメ広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.382『ともだちは海のにおい』工藤直子(著) 長新太(絵) 理論社
 
たくさんの小さな章が集まってできたこの本の冒頭には、次のような一編の詩が置かれています。
 
「海の はじまり」
 
ひとはみな
心のなかに
海をひとつ もっている
その 濃いみどりの海のうえに
ときどき ちいさな魚がはねて
ときどき ちいさなしぶきがたつ
ひとの心のなかに
いつ 海はうまれたか
 
おそらく むかし
─なにが悲しいのか
 わからないほど ちいさく
 なにがつらかったか
 忘れてしまうほど むかし
ひとはみな
はじめてまるい口をあけて泣いた
あのときの涙の粒が
海の はじまり
 
泣くたびに流れた
塩からい涙は
だれにも知られぬ場所に
あふれあふれ
─それはたしかに 悲しみの波
 それはたしかに つらさのうねり
それはたしかに そうなのだが
ごらん いつのまにか
涙の海に 生まれてそだった
泳ぐものたち
笑い 歌い そして遊ぶ
泳ぐものたち
 
ひとはみな いつだって
塩からくて にぎやかな
海を 抱いて いるのだ
 
 
『ともだちは海のにおい』は、この詩がうたう海で生まれた「くじら」と「いるか」のお話です。
 
銀の粉のような星が空いちめんに散る、ある静かな夜のこと。「さびしいくらいしずかだと、コドクがすきなぼくでも、だれかとお茶を飲みたくなる」と思いながら海面を泳いでいたいるかは、「さびしいくらいしずかだと、コドクがすきなぼくでも、だれかとビールを飲みたくなる」と呟くくじらと、偶然出会います。
 
お茶とビールのところだけはちがうけど、あとはみんな同じだ、と思ったいるかとくじらは、すぐに友だちに。お茶とビールを一緒に飲むためにそれぞれのうちを訪問し合ったふたりは、ますます相手のことが好きになります。
 
まるで小さな流れ星のように泳ぐことのできる、体操が得意ないるかと、ビールを飲みながら読書をするのがいちばん好きなくじら。くじらはいつでも本が読めるように、自分の口の中にビールを常備した立派な書斎を持っています。
 
各章では、友だちになったふたりが過ごす日々の様子が、手紙や日記、メモなどを交えながら綴られていきます。
 
いっしょになわとびやサーフィンをしたり、ホットケーキを作って食べたり、くじらがパリ旅行に出掛けたり、ふたりで憧れの人魚にファンレターを書いたり。夢のあるエピソードの数々は、ユーモラスで自由な楽しさにあふれています。そして、そうしたお話の楽しさとともに深く心をとらえるのが、作品全体を満たしている穏やかな幸福感です。
 
パリのお祭りで、きれいな花火を見たくじらは、そこにいるかはいないのに、いっしょに並んで見ているような気持ちになります。離れていても、心の中にいつもその人がいる。くじらは自分の中に、いるかがすっかり住みついていることをしみじみ悟ります。
 
この作品は、複雑で、時にままならない人と人との関係を描いたものではありません。誰かを大切に思う心がもたらす純粋な喜び、そして、大切に思う人から大切にしてもらえることの深い安らぎそのものを、そのままの形でとじこめた本であると思います。
 
広い宇宙と、そこで生かされている小さな私たちの存在の不思議が、どこかつながっているような感覚を伴って語られるくじらといるかのほほえましい物語は、尊さを含むような美しさを持ちながら、読む人にさまざまな気付きも与えてくれるのではないでしょうか。
 
初版発行は1984年。ほっとするような懐かしさのある雰囲気を持つ従来版と、ブルーの色使いが美しい、洗練された装丁の新装版。現在どちらの版も手に入ります。両方とも、それぞれの良さがあって、捨てがたいです。
 

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