広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.87

蔦屋書店・丑番のオススメ『みな、やっとの思いで坂をのぼる-水俣病患者相談のいま』永野三智/ころから

 

水俣病。

 

四大公害病のひとつです。小学生のころに習いました。水俣病が公害認定されたのが1968年。それから50年以上経ちました。今回紹介する本を読んで、水俣病がまだ終わっていないことを知りました。それは歴史的なものでなく、いまも続く現在進行系の出来事であるということです。

 

いまなお、水俣病に苦しむ人たちがいます。

その苦しみとは、症状だけでなく、水俣病に対する差別や偏見、多くの市民にとって水俣病がタブーであること、そのことにも苦しんでいます。自分に症状があっても、家族にすら打ち明けられない人もいるといいます。

 

本書は不知火海を見下ろす丘の上にある、水俣病センター相思社で勤務する永野美智さんが、水俣病患者やその家族から受けた相談が記されています。

 

当事者たちは、悩み、逡巡し、やっとの思いで相談センターへの坂をのぼります。

そこにある葛藤に永野さんは寄り添います。

 

こんな相談事例。

娘さんから、ずっと続く体調不良の原因が水俣病かもしれない、と相談を受けたお母さん。お母さんは相談に乗ってくれる場所があるから、と相思社を勧めます。実はお母さんも数年前に水俣病の相談で相思社に相談に訪れたことがあるのです。その記録を活用できれば、聞き取りの参考になるからと、永野さんがお願いすると、お母さんはこのように言います。

 

「娘は私たち親と彼女の兄弟みんなが水俣病だということを知りません。娘には言わないでください」

 

相談に訪れた娘さんに話の流れで、家族に水俣病の患者さんはいますか?という問いに娘さんはこのように答えます。

 

「いません。だれも、いません」

 

そのあとに、永野さんは以下のように書きます。

 

何度も何度も相談の電話をくれたお母様。こんなに娘さんのことを思っているのに、苦しみのもとである水俣病のことが家族で共有できないことに悲しくなる

 

娘さんの相談から少し経ったあと、永野さんはお母さんに電話をかけて、娘さんとお互い

の病気のことについて打ち明けるように促します。

 

最初、お母さんは拒絶します。

 

「言えません。お互いが水俣病だなんて知ったら惨めになるだけですもん、あの子も私も。水俣病は惨めか病気ですもん」

 

いったん、話を変えて、そのあとに、もう一度家族で話ができないかと、永野さんは提案します。

 

「娘さんはひとりで苦しんでおられます。お母さんがご自身の水俣病のことを打ち明けることで、娘さんは私だけではないと思うことができるかもしれない、するときっと気持ちが和らぎますよと伝えた。」

 

その言葉にお母さんも伝える気持ちになります。そして続く、こんな永野さんの言葉。

 

一番話したいことは一番話せないこと、という言葉が頭をめぐる。話すことが本当に良いことなのか。もしかしたら、余計に落ち込ませるかもしれない。

 

永野さんもまた悩み、逡巡しながら、患者さんに寄り添っているのです。

 

 

もうひとつこんな相談事例。

 

アポなしで関西から訪れたある患者さん。出張などで全国を飛び回る永野さんが不在のケースもあります。いないと思ったけど、来てみましたという患者さんのこんな言葉。

 

「いなかったらご縁がなかったんやぁ思うて、諦めようと思うとりました。」

 

相談をするまでにも逡巡があり、そして、やっとの思いで、相談にやってくるのです。この本を読むと、相談もできずに思い悩む、多くの患者さんやそのご家族のことも想像してしまうのです。

 

この本はとてもやさしい。それは、永野さんの本を書くにあたっての以下の姿勢があるからだと思います。

 

大きな声にはならない人の証言を、日常の中でていねいに聞き取り、綴っていきたいと改めて思います。

 

最後に永野さんのこの言葉を紹介させてください。わたしたちが生きる毎日の暮らしと、世の中のいろいろなことはつながっている。そのことを知ること、思いを馳せることの大切さ。

 

いまを生きる私たちひとりひとりの日常は、近く、あるいは遠く、どこかで水俣病と接していることを伝えたい。

 

 

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