広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.88

蔦屋書店・犬丸のオススメ『ぼくには数字が風景に見える』ダニエル・タメット 著 古屋美登里 訳/講談社文庫

 

 

共感覚。

文字に色を感じる。音に色を感じる。形に味を感じる。

比喩的ではなく、主観的な知覚現象として「見る」人がいる。

著者のダニエルは、ちょっと珍しい複雑な共感覚を持っていて、数字に色が見えるだけではなく、形、質感、動きまで伴って見える。

 

たとえば、1という数字は明るく輝く白で、懐中電灯で目を照らされたような感じ。5は雷鳴、あるいは岩に当たって砕ける波の音。37はポリッジのようにぼつぼつしているし、89は、舞い落ちる雪に見える。

 

その数字は記号としての数字ではない。感情までも数字で理解する。

 

たとえば、友達が悲しいとか滅入った気分だと言えば、ぼくは6の暗い深い穴に座っている自分を思い描いてみる。すると同じような感覚が味わえて、その感情がわかる。なにかを恐がっている人の記事を読むと、9のそばにいる自分を思い描く。美しい風景を見にいった人の話を聞けば、数字でつくられた風景を思い描く。そして、いかに楽しい気分になるかを思い出す。

 

数字のひとつひとつが意味を持ち存在する。共感覚を伴って見る数字は、彼の第一言語なのだ。

 

彼の見ている風景は想像すると、とても美しいように感じる。だが、多数の人と違うということは、「ひとりのひと」として生きることを難しくする。

本書で、語られているのは共感覚の事だけではない。語られているのは、むしろダニエルという「ひとりのひと」の人生だ。

ダニエルは、サヴァン症候群でアスペルガー症候群だ。

彼は生活するなかでのこだわりが強く、毎日必ず決まった量の同じ朝食を食べ、身につけている服の枚数を数えてからでないと出かけられない。頭の中は、いつも数字がある。気を落ち着かせるときも、目を閉じ数字を数える。コミュニケーションが苦手で、幼いころ、どうしても孤立してしまっていた。表情から他人の感情を読み取れない。会話において、どのタイミングで相手に返事をすればいいのかが、直観的にわからない。

それを克服するために、多くの訓練を重ねて身につけていく。相手の目を見る。このことだけでも、彼にとっては新しい技能であり、かなりの訓練を必要としたとある。

彼にとって、この訓練はとても大事なことだったのだ。彼が求めていたのは、「普通の生活」。普通になりたい、友だちをつくりたいと心から望んでいた。

十八歳の時、海外派遣の広告をみつけ挑戦する話はとても好きだ。新しいことへの挑戦は誰でも胸が高鳴る。不安と期待だ。自ら決定し行動したダニエルは、自分の人生を歩み始める。

サヴァン症候群と聞くと、特出した能力が取り沙汰される。確かに、ダニエルも特出した能力がある。幼いころから共感覚を使って無意識のうちに、膨大な数字の計算を瞬時にこなす。割り算なども頭の中で視覚化でき、紙に書かなくても、小数点以下100位くらいまで計算することができる。だが、円周率を2万桁暗唱することや、10言語を操ることは、すんなりとできたわけではない。とても努力している。

訓練も努力も、数字の羅列のように淡々と語られている。だがその中で、彼を支える人達はとても素敵だ。両親、友人、恋人。ダニエルが彼らをいかに愛しているかが伝わってくるのだ。彼らは当然ながら、ダニエルの特殊な能力を崇拝したり差別したりしない。ダニエルを理解しようと努め、手助けが必要なことだけ、サポートしている。

 

どんな立場のひとも「普通の生活」を過ごすには、まだまだ、難しい社会なのだろう。ただ、他者との違いを自覚し理解するこころが、難しい社会を解きほぐす、ひとつの鍵になることは、きっと間違いではない。

その、こころを育て守るために、本は存在するのだ。

 

 

 

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