広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.89

蔦屋書店・江藤のオススメ『欺す衆生』 月村了衛新潮社

 

 

人にだまされた経験はあるだろうか。

おそらく、そんな経験がまったくないという人はほとんどいないだろう。

だまされていたことがわかった時、人は怒り、悲しみ、絶望する。

しかし、それは“だまされていたことがわかった時”なのだ。

 

裏を返せば、だまされているままであれば絶望を感じることはない。

むしろ、幸せでいられる。

 

月村了衛という作家をご存知だろうか。

初期の代表作は『機龍警察』というシリーズだ。

近未来のSF小説で、パトレイバーを彷彿とさせるパワードスーツ型のロボット「機龍兵」が活躍する、バリバリのエンタメSF警察小説で、SFファン達からは熱狂的に受け入れられた。

そのSF的ガジェットやロボットがSFファンの心を捉えたのだが、シリーズが進むうちに、国際的な組織との対決や、警察内部の謀略や駆け引き、元傭兵であったり、もとテロリストであったりする、機龍兵搭乗員の過去も明らかになり、そのドラマ性がまた高く評価され続けている、現在も続くシリーズだ。

 

SF作家として受け入れられた月村了衛は、しかしその地位に留まることはなかった。

それからも、ハードボイルドアクションや時代小説、現代の自衛隊を主役においた作品など幅広い作品を発表していく。

 

そしてこの作品から、小説家としての第二部に入ったと自身が語っている『東京輪舞』が発表される。

 

『東京輪舞』は昭和から平成にかけての大事件を公安警察官の目を通して語る、日本の裏面史である。もちろんフィクションであるのだが、取り上げられる事件は、ロッキード、ソ連崩壊、地下鉄サリンなど、実際にあった有名な事件ばかり。

それら事件の裏側には、私たちが知っている事件の様相とはまったく違った景色が広がっている。それらを見事に小説の中で浮かび上がらせた大傑作だった。

 

次に書かれた『悪の五輪』では、東京オリンピックを翌年に迎えた1963年が舞台となっている。国も国民も総動員で開催に向かって動いていたあの時代、しかしその裏では、巨大な利権と政治家の思惑、裏社会の大物たちの権力争い、さらには警察までもが暗躍していた。

そんな中で、東京オリンピックの公式記録映画の監督を巡って、大きな利権に群がる人々が闇の中で争う。

 

この2作を経ての本作が『欺す衆生』である。

世間を震撼させた、あの豊田商事事件をもとに描かれる傑作クライムノベル(犯罪小説)だ。

 

主人公は、元豊田商事の社員。

とはいっても、豊田商事会長が大勢のマスコミの前で殺されるという衝撃的な事件が起こった時に、まだまだ下っ端の社員で、事件発覚後にも彼自身には捜査の手も及ばなかった。

 

しかし、元豊田商事の社員という経歴は彼の重荷となり、その後も不遇な人生を歩んでいた。

そんな時、元豊田商事幹部の男とばったり街で出会ってしまい、彼の右腕となって働くことになり、また新たな詐欺で会社を起こして、闇の世界でのし上がっていく、という話。

 

犯罪を扱った小説なので、当然、月村作品ではおなじみのヤクザやチャイニーズマフィアや大物政治家なども登場して物語を加速させていく。

とにかく、登場人物が悪いやつばかり。出てくる人すべてに裏がある。そんな悪いやつの中に、非常に魅力的な人物も混ざってくるので、惹きつけられて読むのをやめられない。

 

そして、彼らの詐欺の手口がまたすごい。人間の欲にダイレクトに訴えるその手口は、非常に単純であるのにとても狡猾で継続的にだまし続ける仕組みを持っている。

それら手口を様々に繰り出していくところも非常に面白く読みどころだ。

往年の名作『白昼の死角』を思い出す人も多いだろう。

 

主人公は、豊田商事と同じ轍を踏まないように、高齢者を食い物にするような詐欺には手を出さなかったり、人として踏み込んではいけないラインというのを常に意識している。

それゆえに読者は、途中まではある意味爽快なクライムノベルとして楽しめるようになっている。

 

しかしである、だます人間というは、自分がだましていると知っている。

だましていると知っているということは、だまされていると知った人間とある意味同じである。

深い絶望と共に生きているのだ。

 

それを感じている限り、主人公は人間であったし、人間らしかった。

 

冒頭で言ったように。

だまされていることを知った時、人は絶望する。

だましていると知っている人間は絶望の中で生きている。

だまされていることを知らないままで生きることは、ある意味幸せである。

だましている自分を知らない(忘れてしまう)ことは、幸せを得るための本能なのかもしれない。

 

そのラインを超えた時、人ではない怪物に変わる。

この物語を読むあなたは、その瞬間を目撃することになる。

それは、心の奥底まで凍りつくような、恐怖の瞬間である。

 

そしてここにもうひとつの真理がある

人はこの世を生きるため、自分を保つため、あえてだまされにいくところがある。

人はだまされることにある種の快感を感じる生き物である。

小説を読むことがやめられないという事、それこそが一つの証明であろう。

 

私はこれからも月村了衛にだまされ続けたいのだ。

 

 

 

 

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