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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.348『YABUNONAKA ヤブノナカ』金原ひとみ/文藝春秋

蔦屋書店・江藤のオススメ『YABUNONAKA ヤブノナカ』金原ひとみ/文藝春秋
 
 
金原ひとみが凄まじい
まさに「今」という木があったとしたら、幹があり、枝があり葉が生えていると思うのだが、その枝の一本に赤黒い瘤があり、その瘤の中はぐじゅぐじゅとして柔らかい。その瘤を鋭利な刃物で切り取ったとき、断面に見えるのはこの物語のような景色なのかもしれない。
 
とにかく、まさに「今」が切り取られている。
だからこそ、今すぐに読んで欲しい。「今」のスピードはとてつもなく早い。時代についていくのがやっと、というか、ついていけない速度で変わっている。
「今」を「今」読ませるのは、金原ひとみのあまりにも鋭すぎる感性のなせる技だと思うのだが、それにしても凄い作品である。
 
語り手は次々に変わる。
担当していた、小説家の卵の女性を性的搾取した、ということで告発される文芸誌の編集長であったり、その息子であったり、その編集長が昔担当していた女性作家であったり、女性作家の不倫相手の男性だったり、ハメられてSNSで晒上げにされる男性編集者、などなど数多くの人が登場しては自分の物語を語っていく。
その語り手にはすべて共感できるわけではないのだが、でもわかってしまうところもあるのが、自分自身も読んでいて怖さを感じてしまう。
登場人物すべてがどこかおかしい、でも今を体現しているのは間違いない。
ということは私たちも同じものを持っているし、同じように見えるのかもしれないし、同じような考えを持っているのだろう。だが、それは受け入れがたい。
 
登場人物の中でキーとなるのが、告発された編集長が元担当をしていた女性作家なのだが、彼女は非常にまっとうな人物として描かれる。のだが、だんだんと狂っていくところが非常に怖い。彼女は世の中を正しい方向に導きたい、それが作家として活動していく力の源にもなっている。しかし、正しくない世の中を俯瞰した目線で見ることも出来ていたのが、それが出来なくなっていく。歯止めがかからなくなっていく。正義のためなら何でもやっていいという思考に陥っていく。そしてだんだんと歯車は狂っていく。その彼女の行きつく先は。
彼女が本当に信じていたもの、本当にしたかったこと、本当の思い。そして、この世で何が正しくて、何が間違っているのか。すべては藪の中である。
 
性、ハラスメント、暴力、怒り、炎上、愛憎、それらが渦巻いて、絡まりあって落ち込んだところにあるのが「今」なのかもしれない。
であれば、私たちはこの物語を読まなくては前にも後ろにも進めないのではないだろうか。
 
 
 

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