広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.91

蔦屋書店・丑番のオススメ『記憶する体』 伊藤亜紗/春秋社

 

 

TBSラジオで月曜日から金曜日の18時から21時まで帯でやっている「アフター6ジャンクション」(通称アトロク)が、めちゃめちゃ面白いです。

 

 

この番組は、映画や音楽はもちろん、高校演劇やペデストリアンデッキ特集(!)まで幅広い「おもしろ」を掘り起こし、掘り下げていきます。自分の知らない内容であってもプレゼンする方のその熱に、感応していく。番組を聞き終わった後には世界の見え方がちょっとだけ変わり、新たな「おもしろ」の視点を身につけることができる。すごい番組です。

 

 

先日9月5日に放送された「音で視るダンス、音でプレイするゲーム! ここまで攻めてる、ちょっと変わった音声ガイドの世界 」特集が本当に面白かったです。

視覚障害者の音声ガイドといえば、NHKの朝ドラの副音声が有名ですね。

 

 

「音で視るダンス」とは、コンテンポラリー・ダンスに音声ガイドをつけてみようという企画です。当然ラジオなので、聴取者も視覚障害者と同じように、音声ガイドを頼りに、ダンスを「音で視る」しかありません。聞き終わったあとには、「視る」という行為は、より多義的な行為であると、感じましたし、通常の光学的な刺激を網膜で受像する「視る」という行為が逆に解釈を狭めるものとして機能しているとも感じました。コンテンポラリー・ダンスとは何かという面白さもありました。

 

 

また、聴覚障害者が主体となって作ったという、ある音声ガイドは3つの異なるレイヤーの聴覚情報でガイドが構成されており、一聴しただけでは情報量が多く、聞き取りをすることすらできませんでした。しかし、聴覚障害者の方はその情報をなんなく処理でき、そこにダンスをイメージすることができるといいます。すごい!彼らの体に蓄積した時間が健常者と異なる身体を作り出したのでしょう。

 

 

前置きが長くなってしまいましたが、今回紹介する『記憶する体』は、まさに蓄積した時間

=記憶が作り出す、それぞれに異なる「その人のその体らしさ」について書かれた本です。

視覚障害、四肢切断、麻痺などの障害を持っている方々をとりあげ、その固有性はどのように成立していたのかを記憶をテーマとし掘り下げていきます。

 

 

体というのは不思議です。

わたしたちが普段何気なく、行っている「歩く」や「ものを取る」といった様々な行為は複雑な過程を経て行われていますが、それを意識することはありません。自動化して行われる経験の蓄積を経た行為。「自転車に乗る」ときの複雑な体重移動もなんの意識もせずに出来てしまう。補助輪付きの自転車にのっていた日付のある記憶が、日付のない記憶に変化していく。

 

 

わたしたちが体について意識するのは病気や怪我などで自分の体が思い通りにならないときです。例えば口内炎ひとつできただけで、咀嚼するという無意識的な行為を意識して行わないといけなくなります。

 

 

23歳のときに左足膝下を切断した30代後半のダンサーの男性。障害を持ちながらもダンサーとして活動されています。彼は「人生の途中で障害を得ることは、体に対して意識的な関わりを要求するものだ」といいます。当初はなるだけ、切断箇所に負担のならないような動き方をしていましたが、もう一度ダンサーとして活動すると一念発起し、義足を積極的に使い、体重をかけ、それで立つようにしました。足を再発見したのです。いまでは左足のほうが「器用」に動かせると言います。

 

 

また、19歳で失明した全盲の30代の女性のエピソードも興味深いです。彼女は失明後も見るという行為を続けています。メモを取る、絵を書くという失明後もつづく習慣。メモをとる際も重要な箇所はさかのぼってアンダーラインを引くことも可能なのです!それは単に手を動かしているだけでなく、書いた情報の位置関係を空間的に把握できているからです。通常、メモをとるのは、視覚的なフィードバックを受けながら考えるためです。彼女はまさにメモを「見て」、イメージのフィードバックを受けながら考えています。彼女は見えないのですが、「見える」体を保持し続けているのです。

 

 

などなど、興味深いエピソードがたくさんあります。

あとひとつのエピソードのさわりだけ紹介させてください。

 

「小説を読んだり、絵画を見たりする経験が二つの異なる体が出会う場であるということです。」

 

というのはどういうことでしょうか。ぜひ本書を読んで確かめてください。

 

 

 

 

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