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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.291『きみの話を聞かせてくれよ』村上雅郁/フレーベル館

蔦屋書店・佐藤のオススメ『きみの話を聞かせてくれよ』村上雅郁/フレーベル館
 
 
児童書のジャンルで扱う本を、対象年齢という見方で分類すると、Y.A (ヤングアダルト)小説は、読み物のなかで最も高い年齢層を対象としたものになります。
小学校高学年から中高生の読者を想定して書かれたこれらの作品は、大人の方にも読んでほしい本でもありますが、一般の文芸書と異なる点として、読み手に物語の受け取り方を委ねる要素がより少ないこと、言い換えれば、もしかしたら今現在デリケートで難しい問題に直面しているかもしれない若い読者の人たちに対して、作品がどう影響するかということを考えながら作られているということがあると思います。
提示される主題から物語の設定、登場人物たちの間で交わされる会話の内容など、そういった面からの吟味がなされたものであること、作り手の方々が自らの役割としてそれを課されていることが作品からうかがえます。
 
ご紹介したい『きみの話を聞かせてくれよ』は、Y.Aのジャンルでいま注目を集める作家、村上雅郁さんによる最新刊です。
 
物語の舞台となるのは、日本中のどこにもありそうな、ある市立の中学校。
表紙を開いたはじめ辺り、目次に続くページには、15人の顔が並ぶイラストに、名前、学年クラス、所属部活を記した登場人物の紹介が一覧で載せられています。本書には学校生活のなかの話を中心とする7つの短編が収められていますが、あるエピソードでは主人公であった子が、別のエピソードで重要な役割を持った登場人物として出てくるなど、それぞれの話が、はじめは緩やかに、そして次第に密接に関わり合っていく連作となっており、それが全体としてひとつの物語を成しています。
 
各話の主人公が語る形式で進むエピソードは、主にその子たちが抱える真剣な悩みや問題を描いていますが、読んでいて苦しくなるような重さよりも、すっと物語に入り込める軽やかさを持っています。
それぞれの話の主人公が、こちらに向けておしゃべりしているかのような語り口は、その子の個性がそのまま伝わってくるとても楽しいものです。また主人公だけでなく、生き生きと描かれる登場人物全員がそれぞれ本当にいい子たちばかりで、好感を持たずにはいられません。愛すべき彼らの行状や言動に大いに笑わされる場面もいっぱいで、それらは、本書の持つ大きな魅力であると思います。
 
物語のなかで、周囲の大人の無神経な態度が描かれている箇所はありますが、基本的にこの作品内には、あからさまな人の悪意のようなものは出てきません。
相手に直接的な悪意がないにもかかわらず、人との関係の中で傷付き悩んでいる。7つの短編に共通して描かれるテーマは、人を理解すること、自分を理解してもらうことの難しさについての問題です。
 
タイトルである「きみの話を聞かせてくれよ」というのは、物語全体のキーパーソンである黒野という男子生徒が口にするセリフです。剣道部の幽霊部員である彼は、放課後学内のあちこちに現れてはいろいろな生徒と関わり合い、彼らが胸の底に抱えている痛みや問題をさりげなく掬いあげます。少しミステリアスなキャラクターとして描かれていることもあり、密かに思慮遠謀を巡らして影で糸を引く人物であるような印象も与えるのですが、黒野がしていることの重要な部分というのはシンプルなことで、それは相手をよく見て、そして話を聞くということです。
 
悩みを抱える主人公たちと話す黒野の言葉は、ひょうひょうとして掴みどころがないようで、実は繊細で、優しくありながら相手に負担を感じさせない距離感を保つものです。
黒野に話を聞いてもらうことで、彼らは改めて自分の本当の気持ちを確認し、抱え続けた問題に向き合う力を得ているように見えます。それはこの小説が、誰かに気持ちに寄り添ってもらうということが、その人にとってどれほど大きな力になるのかということを、告げているということでもあると思います。
 
物語のなか登場人物たちは、それぞれのペースで、抱えてきたものを改めて自分の場所で理解してもらうための一歩を踏み出します。
すれ違っていた思いや、それまで表に出せなかった自分の一面を伝えようとする真摯な姿が描かれますが、そこでは同時に、自分らしくあるということの道のりの険しさも示唆されています。勇気を出して前を向けば全て分かり合えるといった楽観的な見方だけを示したストーリーではなく、作者の方の読者に対する誠実な姿勢が伝わってくるように感じます。
 
結局のところ人は独りであって、誰かに自分のことを完全に理解してもらうことなど不可能なことであると、諦めていく経験を重ねることが、大人になるということの一つの側面なのかもしれません。
しかし一方で、ある人に自分という人間のあり方を伝えたい、そして相手のことを心から理解したいと願うことが大切なことでなくて、一体何が大切なのだろうかとも思います。
 
物語の終盤、そのクライマックスの中で、誰かに理解してもらえず苦しむことは、その相手が自分にとってかけがえのない存在であるということが元にあるのだということに、作者は目を向けさせます。
もしかしたら、うまく行かないかもしれない。けれど踏み出した場所で見える景色は、きっと、それまで気づかなかったり忘れていたりした大切なことを含んでいる。本書には、作者の方が若い人たちに送る、そのようなエールが込められているように思うのです。

 
 

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