広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.92

蔦屋書店・犬丸のオススメ『時が止まった部屋 遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし』小島美羽 ミニチュア制作・文/原書房

 

TVの特集だったと思う。彼女が作ったミニチュアの部屋を見た。だがすぐに、今まで見たことがあるようなミニチュアの部屋とは、何かが違うと感じる。彼女が作っていたのは、誰かが生活している、時間が流れている部屋ではない。突然、主を失い、そこで生活が途切れ分断されてしまった、時が止まった部屋だったのだ。

 

あのミニチュアの部屋と、部屋を制作する二十代の彼女が忘れられなかった。

 

それが一冊の本となった。

小島美羽さんは、遺品整理クリーンサービス(株式会社ToDo-Company)に所属し、遺品整理やごみ屋敷の清掃、孤独死の特殊清掃に従事している。そして、小島さんが作っていたのは、孤独死した現場を再現したミニチュアの部屋だ。

人は誰でも生まれてしまえば、必ず死ぬ。死んだとき、たまたま一人だった。それ自体はそれほどまで驚くようなことでもないように思える。孤独死として問題なのは、小島さんも書いているが、発見までに時間がかかってしまうことだ。数日、数か月、何年か。「わたしは、そうならない。」はたして、本当にそう言い切れるのだろうか。

 

ミニチュアの部屋にあるのは、主が生きていた時の生活。その中のひとつ。六畳の畳敷き部屋、中央のちゃぶ台の上に、その日、食べたであろう弁当の空き容器、ワンカップのお酒、何種類かのつまみの袋。近くに敷かれた布団と対角線上に配置されたTV。きっと、部屋に帰れば布団の上に座り、TVを見ながら好きなお酒を飲み、自分一人の時間を過ごしていたのだろう。TVを見て笑う日もあっただろうし、やりきれないニュースに憤りを感じる日だってあっただろう。新聞紙はきちんとたたまれ紐で十字に縛られている。どんな記事を興味深く読んでいたのだろう。行ったことのある土地を懐かしく思い出したりもしたのだろうか。だが、その主はもういない。布団を通し畳にまで流れる、身体から流れ出た大量の液体の、茶色く濁った染みがそれを物語っている。主だけがいなくなり、その部屋の時が止まった。

 

なぜ、そこまで再現するのか。小島さんが最初にミニチュアを作ったのは、2016年の葬祭業界の専門展示会「エンディング産業展」のためだった。それまでは、写真を使って小島さん達の仕事や孤独死の問題を来場者に説明していた。だが、写真選びに配慮はしているとはいえ、孤独死が起きた現場の写真は、見る人にもショックを与えるばかりか、故人を晒し、遺族にも悲しい記憶を思い出させてしまうのではないかと心配した。その一方で、孤独死の現場写真にモザイクがかけられた、核心を突かない報道に焦燥感を覚える。これでは、孤独死が自分にも起こりうることだと危機感を持ってもらうことができないと。

 

悩み、思いついたのが「ミニチュア」だ。模型であれば、生々しくなりすぎず、現場の特徴も組み合わすことができる。このときまで、小島さんはミニチュアなど作ったこともなかったそうだ。「まずはやってみる。の、性格のわたし」と小島さんは自分の事を分析しているが、生半可な「やってみる」ではない。

ミニチュア。小さいものは、多くの人がカワイイを連想するだろう。その精巧なカワイイでつくられる、食べ残し、片付けることができなくなったゴミのひとつひとつ、血液や体液で染まるトイレや風呂場などの、カワイイから程遠いものたち。そこから感じる、なんと形容したらよいのかわからない、違和感。その違和感が、見る方を真剣にさせる。ごみの中の誰もが知っているインスタントのカップ麺、ジュース。自分の身体が味を思い出す。ポイントカードやスマホ。自分の生活と重なる。ミニチュアの部屋が自分と近くなる。それは、どこかの誰かの遠い問題ではなく、近くの誰でも起こりうる問題なのだよと、見る人の心にじわりじわりと沁み込んでくるのだ。

 

読み終わった後、それでもまだ「わたしは、そうならない。」と言えるのだろうか。

この本を手に取った人が、読み終わっても思い悩む、心のなかでいつまでも閉じることができない一冊となることを望む。

 

 

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