広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.93

蔦屋書店・江藤のオススメ『落日』湊かなえ 角川春樹事務所

 

「ああ、湊かなえね。知ってるよもちろん。

あれでしょ、“昔、イヤミスの女王とか言われてた人”だよね。」

 

 

 

以前に書かれた作品である『未来』を読んだ時に思った。

あれ、この作品はなにか違うと。

 

『未来』は非常に文学に寄った作品だった。

ミステリという要素がなくても成立する、作品自体が高い文学性を志向していた。

これは素晴らしいと感じ、これはすごいぞと、湊かなえが次のステージに進もうとしているなと、感銘を受けた私は、熱烈におすすめするPOPを書いた。

 

更に、売り場の中でも特別な場所。

そこは、直木賞や芥川賞、本屋大賞など、大きな文学賞を取った作品や、この店で特におすすめしたい本です!と胸をはって言える作品を置いている平台に多面積みをした。

もちろん激推しPOPを付けて。

 

やはり、というか、作品の力なのだが、たくさん売れた。

湊かなえはやっぱり売れるなー、とある程度の満足はした。

 

ただ、何かが欠けているような気もしていた。

 

 

書店員の元には、当然だが、皆さんよりもはやく新刊の情報が来る。

お、湊かなえの新刊がでるのか。

なになに、、、タイトルは『落日』か、いいんじゃない。良いタイトルかもな。

 

これは私の勝手な考えなのだが、湊かなえの二文字タイトルの作品には、いい作品が多いと思っている。

デビュー作の『告白』は本屋大賞を受賞。

『贖罪』はエドガー賞にノミネートされた。

『望郷』『未来』は直木賞にノミネートされた。

 

この流れならおそらく『落日』はいい作品に間違いない。

読もう!読むべきだ!

 

 

物語の主人公は、才能豊かなピアニストを姉に持つ駆け出しの脚本家だ。

彼女のもとに、女性映画監督が訪れ、映画の脚本を依頼するところから、物語はゆっくりと動き出す。

 

あれ、主人公は、女性映画監督か?いや、才能豊かなピアニスト?

いやいや、それだけでもない。

 

この物語における主人公は複数存在する。

 

駆け出しの脚本家。

初監督作品が海外でも評価を受けた、新進気鋭の女性映画監督。

引きこもりの兄に殺害された妹。

妹を殺害し、家に火をつけて両親も殺害した兄。

駆け出しの脚本家のピアニストの姉。

 

そして、忘れられない、暖かで柔らかく白い、あの子の手。

 

彼ら彼女ら全員が主人公である。

人が生きている中で、誰が主人公で誰が脇役かなんていう区別はない。

全員がかけがえのない人生を送っている。

そして、全員がいびつさを持っている。

 

そのいびつさが重なり合った末に悲劇が起きる。

いびつさゆえにその謎は一筋縄では解けない。

いびつさが重なり合う様子は非常にイヤだ。

解きほぐされた先にあるのは意外すぎる真実。

 

あっっ!

これだ!

 

『未来』で獲得した深い文学性を携えた、湊かなえ的世界。

湊かなえが得意とするフィールドにその文学性を持ち込むことに成功している。

 

欠けていたのはこれではないか。

 

しかしそれだけではなかった。

非常に優れたミステリ作品でありながら、登場人物全員の人間ドラマを丁寧に描写し尽くす文学性を併せ持った今作はイヤミスという範疇にとどまらない。

このような大作を描ききる湊かなえの筆力が恐ろしくなるほどだった。

 

 

この作品で

 

イヤミスの女王という名は過去のものとなり

 

湊かなえ文学と呼べるものを確立したと言えるのではないか。

 

 

 

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