広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.94

蔦屋書店・神崎のオススメ

『「私」は脳ではない 21世紀のための精神の哲学』マルクス・ガブリエル著 姫田多佳子訳/講談社選書メチエ

 

 

「私」とは何か。

「私」とは誰か。

「私」はどこにいる(ある)のか。

 

古代ギリシャの昔から、「私」は哲学の大きなテーマの一つです。私たち人間は、目には見えない意識や精神、感情などをもつ特異な生物です。哲学者たちは、この見えないものの姿を、その正体を見極めようと思索を続けています。

近年、神経科学がめざましい発達を遂げています。神経や脳の仕組みや働きが解明されるにつれ、「私」=「脳」という神経中心主義の考えが生まれ、広がりつつあります。

ドイツの若き天才哲学者と称されるマルクス・ガブリエルは『「私」は「脳」ではないし、「脳」の一部でもない』と、神経中心主義を批判し、本書で意識・自己意識・知覚・思考などの精神哲学の基本概念を中心に異論を展開していきます。特に人間像〔=人間の本質についてのイメージ〕を科学的に示そうとするテクノロジーの進歩に対し、その前に立ちはだかり、限りなく多くの可能性を生み出す「人間の精神」の重要性を説きます。

 

序論で『私の目的は、精神の自由という概念を守るために戦うことです』と記したように、最終章(Ⅴ章「自由」)では、「私たちの意思は本当に自由か」という精神科学者と哲学者の議論について、さまざまな理論を解説し論評を加えています。また神経中心主義者の『「私」は脳によって生み出されたものである。脳が無意識的に決定を下すから、我々は自由ではない」という主張に対しては、この論を逆手にとって私たちは自由であることを次のように反論しています。

 

私の脳が私を操っていて、私が私の脳であるなら、私の脳は私自身を、もしくは私は私自身を操っているのです。そうだとすれば、自由は危険にさらされているのではなく、表明されたことになります。

 

彼はテクノロジーの発展に主導された未来の解放幻想に対し、「やがて訪れるユートピアなどない」と、精神の自由の名において抵抗することを主張します。さらに、真の進歩は理想ではなく、倫理と権利の秩序を私たちの洞察に照らし合わせて改善することだと、自由を守るための人間の努力と責任について最後に言及しています。

 

マルクス・ガブリエルが唱える精神哲学は、人間のすべてを論じようとする科学万能の風潮から、目に見えない「私」や「自由」を守ろうとするものであり、本書は加速する科学の進歩に取り込まれようとしている現代の私たちへの警鐘でもあるように感じます。ただ「私」が何者であるかの答えはまだ見つかりません。

 

 

 

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