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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.197 『月の番人』トム・ゴールド 古屋美登里 訳/亜紀書房

蔦屋書店・江藤のオススメ『月の番人』トム・ゴールド  古屋美登里 訳/亜紀書房

 
日々思う、なんだかせわしない。
 
コロナというよくわからないウイルスによって、人は集まることができなくなり、夜の街で飲み歩くこともできなくなり、旅に出ることも難しくなった。
そうなると、人に会うことも少なくなり、遠くに出かけることも少なくなり、みんな家で静かに過ごす、非常に落ち着いた静かな暮らしがやってくるのかと思いきや。
そうではなかった。
 
にわかに流行りだした「リモート〇〇」によって、わたしたちの日常は、以前よりもなんだか窮屈になってしまったように思う。家にいても仕事が入り込んでくる。会わなくていい人とリモートで簡単に繋がってしまう。本当は家で静かにしていたいのに。
 
テレビをつければ、日々の感染者数の増減に一喜一憂し、重症者の数を知らされる。
SNSを見ればワクチンについてのさまざまな意見が飛び交っている。
やたらと人の粗を探して吊し上げにしようと機を狙っている人々の大声が聞こえてくる。
 
心穏やかに過ごせるわけがない。
むしろ前より騒がしい。
落ち着かない。
 

そこでこの本『月の番人』を紹介したい。
 
こちらは小説ではなく、スコットランド出身でロンドン在住の作家が書いたコミックだ。
『月の番人』というタイトルから、月を守る部族の長と戦うようなSF冒険アドベンチャーを連想されるかもしれないが、まったくそんな話ではなく、とても静かな物語だ。
 
月に人々が移り住んでいる未来の話。
月にあるコロニーの警察官の日常をたんたんと描写する。
その絵のタッチがまたとても静かで穏やかだ。
細かく手で書き込まれた風景には動きはない。
そこには生命の息吹は感じられないのだが、静謐な心地よさが感じられる。
登場人物はみな横顔しか見せてくれないので何を考えているのかその表情は読めないが、不思議と不安は無い。
 
月のコロニーの治安を守る警察官が主人公なのだが、すでに月のコロニーは過疎化が進んでおり、事件なんてなにも起こらない。たまにあるのは迷子の犬の捜索ぐらい。
コロニーにある24時間営業のマーケットも店主が地球に戻ってしまうため、ロボットが営業を引き継ぐらしい。
コロニーにはモダンな建物がぽつりぽつりと建っているのだけど、どうも誰も住んでいないものがほとんどのようだ。(それらモダンな建物は20世紀初頭に流行ったバウハウス的なデザインのものが多くて非常に好ましい)
 
日々の業務をこなす彼がいつも買っている「月のドーナツ」の自販機が、ある日撤去されかけている場に出くわすのだが、なぜか他の人に全く会ったことがないこの場所に、自販機の代わりにミニカフェができるらしいという話をロボットから聞く。
この出来事は、たんたんと日々を過ごす彼にとっての大きな変化のきっかけとなるのだが。
といっても、ドラマチックなことは起こらない。
でも、なぜかとても胸に来るなにかわからない感情を呼び起こすラストへと繋がる。
 
この気持は何というのだろう。
もの悲しい切なさがなぜか心地よく感じる瞬間ってある。
「寂しくて切ない、悲しい」思ってしまえばそれまでなのだが、それだけではないとても静かで心穏でそれでいて切なく心地よい、そんな不思議な感情を呼び起こしてくれる。
 
あえて感情を乗せない2色のインクで描かれた月のコロニーの様子がとにかく心地よく、何度も何度も読み返してしまう。
本の大きさや佇まいもとても好ましく、ずっと大事に持っていたくなる本だ。
 
今の生活がなんだかせわしないと思っているあなたへ
 
この美しく愛すべき物語と本を贈りたい。
 
 
 
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