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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.295『おおきくなりすぎたくま』リンド・ワード 渡辺茂男 訳/ほるぷ出版

蔦屋書店・佐藤のオススメ『おおきくなりすぎたくま』リンド・ワード 渡辺茂男 訳/ほるぷ出版
 
 
『おおきくなりすぎたくま』の作者リンド・ワードは、アメリカのグラフィックアートの版画家です。文・画ともに手がけた彼の創作絵本である本書は、1952年にコルデコット賞を受賞し、日本では渡辺茂男さんの訳で刊行されました。
 
この作品はアメリカ開拓時代を舞台にしており、主人公の少年ジョニーくんは多くの場面で銃を持っています。その姿に違和感を持つ方がおられるかもしれないことを先ずもってお伝えしておきます。
 
山あいの農場で家族と共に暮らすジョニーくんは、ある日、自分の手で大きなくまを仕留めようと出掛けた森の中で、おなかをすかせた一匹の子ぐまを見つけて、家に連れて帰ります。
ジョニーくんの家族の一員になった子ぐまは、可愛がられながらのびのびと元気に育っていきますが、しかし大きくなるにつれ、さまざまな物を食べ荒らすようになります。家の食料だけでなく、隣近所の人たちが苦労して作った農作物や加工品まで次々と台無しにしてしまったので、くまはとうとう森にかえされることになりました。
しかし困ったことに、ジョニーくんが何度森にかえしに行ってもくまはすぐに自分で家に戻って来てしまいます。ボートに乗せて遠く四キロ先の離れ島に置き去りにしてきても、くまは何事もなかったように次の朝には農場に戻っているのでした。
残された道はひとつです。ジョニーくんはお父さんと話し合い、そして、じぶんでやる、と言いました。…

子どもと野生動物との関わりを扱う本書のこうした題材は、児童文学の古典『子鹿物語』と共通しています。『子鹿物語』が厳しく悲劇的な結末を迎える一方、『おおきくなりすぎたくま』は、絵本としてそれとは異なるかたちでテーマを結ばせた作品です。
この絵本が人の心を引きつけ読み継がれてきたのはなぜか。その理由のひとつに、挿絵画家である作者がお話も著していることがベースとなる、文と画との関り合いの緊密さが挙げられるように思います。
 
例えば、ジョニーくんが初めて子ぐまを森から連れて帰る場面。
「うちにかえる みちみち、こぐまは、ジョニーくんの ポケットにはいっていた かえでさとうのかたまりを、ぜんぶ たべてしまいました」と語るページでは、微笑みを浮かべ、子ぐまを大事そうに抱きかかえて歩いているジョニーくんの姿が挿絵として描かれます。まるでその息づかいが聞こえてくるかのような繊細な筆致の画は、彼が子ぐまをどれほど愛おしく感じているのかひしひしと伝えていて、ホロリとさせられます。
 
本書の素晴らしい特色は、このような《言葉として言及されていない部分を、絵を用いて表すことによって、物語の世界をより豊かに描き出す》という補完的な表現手法が、見事に、しかも自然なかたちで実現しているところにあると思います。言葉と絵の両方で、お話が語られているのです。
文章と作画が同じ作者の手によるものであることから来るこうした特質は、本書において極めて巧みに活かされており、それが絵本ならではのダイナミズムのようなものとして、読み手に伝わってくるのではないかと思います。
 
子どもの本で使う言葉は、主観的な表現よりも、出来るだけ目に見える事柄を具体的に示すような客観的表現をとることが望ましいとする考え方があります。
例えば「かわいい子ぐま」とか「別れるのがさみしい」といった言葉の使い方は、この絵本ではほとんど為されません。そうした感情を直接表すような表現を控え、ものごとを外側から客観的に捉える言葉を積み重ねることによって、ストーリーが力強く展開していく本作品において、絵によって各場面の心情や趣きが細やかに表現されていることは、この物語の持つ力を高めるうえで、大きな効果をもたらしているように思います。
視覚から伝わる要素の豊かさ。画が雄弁に語ること。優れた挿絵画家だからこそ可能な表現がそれを支えているのです。
 
また言葉ではなかなか難しい、絵に描くことでこそ伝えられる雰囲気というものもあるでしょう。この作品では、くまの表情の描写がそれに当たるのではないでしょうか。いくつかの場面でのくまの仕草や顔つきに、いつも私は心を鷲づかみにされます。ユーモラスでチャーミングで、見るたびに思わず吹き出してしまう。
セピア色の渋い印象の表紙からはちょっと想像しにくいのですが、『おおきくなりすぎたくま』は絵本表現として優れた作品であると同時に、読む人を笑わせ愉しませてくれる本でもあります。
 
離れ島に置き去りにするために、ジョニーくんが手漕ぎボートにくまをのせて運ぶ場面では、見れば小さなボートに向き合って座る船体が、くまのあまりの重さに大きく斜めに傾いていて、これはジョニーくんオールが水面に届くのか?転覆するだろという図が、特段何の説明もなく普通に描かれているのが何度見ても面白く、この本のこうした茶目っ気が、私は本当に大好きなのです。
 
中はチャコールグレーに近い単色刷り。派手さはありませんが、落ち着いたあたたかみのある印象を与える、とても魅力的な画だと思います。
 
見開き右側に絵。左側に文。全部で87ページもあるページごとの文章は少なめで、テンポよくストーリーが展開します。シンプルで明快な形式は、かえって新鮮に映るかもしれません。
 
時代背景は今と随分異なりますが、絵本というメディアが元来持つ醍醐味を感じる素晴らしい作品です。機会があればぜひ手にとって、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

 
 

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