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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.296『禍』小田雅久仁/新潮社

蔦屋書店・江藤のオススメ『禍』小田雅久仁/新潮社
 
 
ついに、この本を紹介するときが来たようです。
実は何度か挑戦しようと思って紹介文を書きかけては止めて、でもいつかは、と思っていた一冊なのです。私にこの本の凄まじさ、そして読む人に与える圧倒的な力をうまく説明できるのか、そして読んでみたいと思わせられるのか、正直自信はありません。でも、紹介せずにこの本のことばかり考えていると多分私はこの本に、飲●こま●●しま●●では●いか、気●く●うの●はな●か、と恐ろしくて―――
 
著者は小田雅久仁さんです。
デビューは、日本ファンタジーノベル大賞を受賞した『増大派に告ぐ』という作品で、これはそこまで話題になった覚えは正直ありません。その後デビュー作から3年後に出た本は、書店員の間で発売後すぐに話題になり、なんだこの作家は、としばらく盛り上がったのを覚えています。それは『本にだって雄と雌があります』というタイトルでした。本も結婚して出産もする、というちょっと簡単には説明できないタイプの本なので、ここでは深く立ち入りません。
そして、それから9年間の間、短編は発表されるのですが、本は出ませんでした。そして満を持して発売された3作目は『残月記』。
これは今回紹介する本へ繋がるダークファンタジーの秀作で、改めてこの作家の想像力、その奇想、紡ぎ出す物語の強度に、まさに目眩くといった表現がこれほど嵌る本もないのではという作品です。月を見るとざわつく気持ちが残ります。
 
それから、2年を経て発表されたのが本作『禍』です。
 
まずこの本がどんな構成になっているかというと『残月記』と同じく、短編集です。
そしてその短編どれもが、テーマとして強い身体性を伴っており
だからこそ奇妙で気味が悪くて厭で―――
 
「怖い」のです―――
 
おそらく怖さには、2種類あるのではないかと思っています。それは、後天的に経験する、もしくは知ったことにより引き起こされる怖さ。もうひとつは人が本能的に持っている怖さ「厭さ」と言ってもいいかもしれません。
 
前者は例えば、幽霊、ホラー映画、お化け屋敷などでしょうか。
 
そして後者は―――
ひとが何故か怖い、厭だ、と思ってしまう「何か」
 
まさに本能が受け付けない、拒否してしまう、耐えられない、逃げたくなる、「何か」なのではないでしょうか。
 
本書には、いわゆる知っている怖さはあまり出てきません。むしろ知らないものばかり。陳腐な言葉でいうと「未体験の恐怖」とでもいうのだろうか。
 
しかし、すべての短編が身体性を伴った怖さなので、誰もが知らないけど知っている。初めてだけど、理解っている。耳、鼻、髪、など無断で觸れてほしくないところに手を伸ばし身体の外側から内側に、内側から外へと觸れてきて―――
 
その厭さが―――
その怖さが―――
 
文字というのは、単体で見るとただの記号です。しかしそれが塊となると、ある意味を持ちます。その意味が組み合わさると「何か」を物語るのです。文字はあなたの目の角膜を通して、水晶体を経て網膜に張り付きます。張り付いた文字はあなたの脳に忍び込み意味を持ちそして物語るのです。
 
人の身体はすべての場所、皮膚も内蔵も目も舌も記憶を持っていると言います。であれば、角膜も網膜も視神経も脳にも、その張り付いた文字の記憶は残るのです。その記憶はあなたの脳の中で意味を為し厭な物語を奏でるでしょう。
 
では―――
この文章を読んでしまったあなたの身体にはもう―――
消せない記憶が刻み込まれてしまって―――
 
おわかりいただけただろうか
 
あなたは私の計画にすでに嵌ってしまったのだと。『禍』を読むこと無しに、この記憶を上書きすることはできません。このまま「厭な」記憶を目に脳に刻み込んだまま生きていくおつもりですか?
 
『禍』を読むことで祓うことができるのであれば―――
いや、むしろ厭な記憶を上書きするだけなのかもしれませんが物語は、ほら、あなたの直ぐ側、ここまで来ているではありませんか。

 
 
 

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